【Event Report】クリエイティブ現場における「同意」とは|インティマシー・コーディネーター浅田智穂さんと考える、“安心・安全”のつくり方

みなさんこんにちは。
Creative Studio kokoが運営するメディア「kokonome(ここのめ)」です。

私たちは、「つくる」「届ける」に関わる人々と、表現や企画制作、発信の領域でよりよい社会や現場づくりの道筋を模索し、エンパワーしあえる場づくりをおこなっています。
テーマは、「私たちが今、話してみたいこと」。クリエイティブ制作の過程や働き方、社会との関わり方について、まずは制作に携わる私たち自身が気になるトピックを持ち寄り、知識や思考に触れることで新しい視点につなげていくことを目指しています。

今回は、昨今、映画をはじめとした映像制作の裏側で活躍されているインティマシー・コーディネーター(以下、IC)という仕事について、「同意」とは何か?という視点から考えてみたい——そんな思いから、2025年2月21日に「クリエイティブ現場における“同意”について考える〜安心・安全をどうやって作っていく?〜」を実施しました。その様子を、レポートでお届けします!

クリエイティブ現場における“同意”について考える〜安心・安全をどうやって作っていく?〜

2017年、アメリカで始まった#MeToo運動の広がりとともに、これまで映画やドラマをはじめとするクリエイティブの現場で「ふつう」とされてきた慣習が、演者や関係者の尊厳を傷つけてきたことが日本でも明るみに出ました。

©︎Jeanne Menjoulet

演者や関係者にとってより安心・安全な制作環境を実現するためには、「同意」のプロセスが不可欠です。
しかし、「同意を取る」とは具体的に何を指すのか、どのようなシーンで「同意」が必要なのか、どの段階で「同意が取れた」と言えるのか、こうした問いに明確な答えを出すことは容易ではなく、多くの制作現場がいまだ課題を抱えています。

この現状に対し、2025年2月21日に開催したkokonomeイベントでは、ICとして第一線で活躍する浅田智穂さんをゲストにお迎えし、

 1. ICの役割/インティマシー・シーンとは
 2. クリエイティブ現場で必要な「同意」とは
 3. 安心・安全な現場づくりにICが必要不可欠な理由とは

上記の3点を中心にトークを進めていただきました。

浅田智穂さん

Profile: 1998年、University of North Carolina School of the Arts卒業。 2003年、東京国際映画祭にて審査員付き通訳をしたことがきっかけとなり、映画業界と深く関わるようになる。 その後、日米合作の映画企画から撮影、公開時のプレミアに至るまで、通訳として映画の現場に参加。 撮影現場では監督付き通訳として参加するほか、舞台においても、英語圏の演出家、振付家、ダンサーなどと、日本の製作者、キャストとの間の通訳として活動。 2020年、Intimacy Professionals Associationにてインティマシーコーディネーター養成プログラムを修了。Netflix映画『彼女』において、日本初のインティマシーコーディネーターとして作品に参加。その後、数々の映画やドラマに携わる。 代表作にNetflixシリーズ『地面師たち』、Amazon Prime『1122』、映画『怪物』などがある。2025年NHK大河ドラマ『べらぼう』にも参加している。
 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

まずはじめに、ICの役割やインティマシー・シーンとは何かについて、IC導入の先駆けとなったアメリカの事例も交えながら、その概要についてお話をしていただきました。

日本ではじめてのインティマシー・コーディネーターとして、
ルールがないなか、現場に向き合う日々

浅田さん: ICとは、映像制作などにおいてインティマシー・シーン*がある際に、俳優の皆さんが身体的にも精神的にも安心安全に演じることができ、かつ監督の求めている描写を最大限実現するためにコーディネートするスタッフのこと。 私は監修ではなく、常に制作スタッフの一員として作品に参加することを心がけています。

ICが生まれたアメリカにはSAG-AFTRAという映画俳優の労働組合があり、インティマシー・シーンの撮影に関してもとても厳しいルールが定められています。ですが、一方、日本にはそういったルールが一切ないため、俳優やスタッフの労働環境、労働条件が守られていないなかで、インティマシー・シーンの撮影のみ、ルール通りにやりましょうというのはなかなかうまくいきません。そのため、私の方で考えた最低限のルールを用いて、ICとして仕事をしているという状況です。

*インティマシー・シーン:英語で「親密」という意味。インティマシー・シーンはヌードや疑似性行為、性的な描写があるシーンを示す。

 
 
アメリカでは、出演契約書とは別に、インティマシー・シーンがある作品に出演する出演者に向けて同意書が用意されているといいます。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 アメリカのインティマシー・シーンに関する同意書の一部概要
  ✔︎出演者が同意した内容が詳細に記載されている
  ✔︎作成後であっても、撮影前であれば同意はいつでも覆すことができる
  ✔︎同意した範囲に限り、本人がNGを出した場合はボディダブル(吹き替え)での撮影が可能
  ✔︎同意した内容について、後から撤回しても「撮影済みのものは取り消せない」

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

2020年からICとしての活動を始めた浅田さん。少しずつ現場に変化が見られるものの、すべての作品やスタッフから歓迎されているとは言い切れないのが現状だそう。依然として過密なスケジュールや労働環境の厳しさが残るなか、ICとして現場に入っても、「ICは必要ない」と考える人がいたり、存在に懐疑的な反応を受けることも少なくありません。そうした状況のなかでも、インティマシー・シーンにおいてだけでも俳優の尊厳や安心を守る、その一助になれたら——。
浅田さんはそんな思いで、現場に立ち続けているといいます。

 

単純ではない「同意」のプロセス—— 「大丈夫」の基準は人それぞれ。
だからこそ丁寧に一人ひとり、一つひとつのシーンに向き合っていく

 
ICの基本的な役割への理解を深めた上で、ここからは本題となる「同意」についてまずはそのプロセスからお話しいただきました。

 
浅田さん: 私が現場に関わりはじめるのは、脚本がある程度固まって、ロケハン(撮影現場のリサーチ)やキャスティングも進んできた*準備稿の段階以降であることが多いです。まず台本を読ませていただいて、インティマシー・シーンにあたりそうな箇所を抜き出していきます。その上で、監督に「このシーンではどのような描写を考えていますか?」と具体的に確認していきます。
 
それから、俳優お一人ずつと面談を行い、インティマシー・シーンに関する同意を得るプロセスに入ります。ここでは「はっきりしたYes/No」だけでなく、「ここまではできるけど、それ以上は無理」といった細かな希望や意見も丁寧に聞き取っていきます。内容に応じて、「全部OKでした」と監督に伝えることもあれば、「この部分は調整が必要そうです」と報告する場合もあります。撮影日までには、監督も俳優もお互い納得した状態で臨めるように整えます。
 
衣裳については、通常の服装なら基本的に立ち合いませんが、下着などインティマシーに関わる場合は衣裳合わせに参加します。インティマシー・シーンの撮影当日には、必ず現場に立ち会います。

*準備稿:映画や映像作品の台本制作において、決定稿(最終的な台本)に先立つ段階で作成される、物語の骨格やキャラクター設定などをまとめた初期段階の台本のこと

 
 
では実際に、どのようなシーンでICが求められるのか。単に「ヌード」や「性的描写」とひとことで言っても、その捉え方や想定するものには個人差があります。そのなかで、ICが必要とされる具体的な場面について伺いました。

 
浅田さん: 私の場合は、手を繋ぐ・肩を抱く・ハグといったシーンにおいても、すべて事前に確認を取るようにしています。ただし、こうした確認が必ずしもすべての現場で求められるわけではなく、予算などの事情からICが関与できない場合もあります。それでも、何らかの形で合意を確認するプロセスが大切だと考えています。過去の経験からも、キスや性的描写がないシーンでも、「聞かれなければやるけど、本当は手を繋ぎたくない」という俳優が一定数存在することを実感しています。

どこから同意の確認が必要なのかと問われたら、それは、もしかすると自分のなかで「これって大丈夫かな?」と少しでも引っかかるようなラインからなのではないかと思います。
 
 
初対面の俳優同士がインティマシー・シーンを演じることも少なくないなか、同意のプロセスを丁寧に積み重ねていくことは、俳優が安心して演技に臨める環境づくりに直結していると感じました。
 
トーク終盤では、こうした実践を通じて、現場にどのような変化が生まれているのか。そして、なぜ今ICが必要とされているのかといった問いをもとに、ICの必要性についてお話しいただきました。

 

自分で「選ぶ」からこそ守られる俳優の尊厳と作品

 
浅田さん: 撮影が止まるとすごく大きなお金がかかるんですが、今まで60本ぐらいの様々な作品に関わってきたなかで、当日になって俳優が同意を覆したことは、一度もないです。

例えば、配信の連続ドラマの作品の場合、半年以上撮影をしていることがあります。クランクインの前に同意の面談をしても、インティマシー・シーンの撮影が5ヶ月後だったりするんですね。そのため、俳優から「このインティマシー・シーンは本当に必要な演出なのか」といった疑問の声や、共演者・監督との関係性への不安から、「一度同意したけれど、やっぱり少し考え直したい」といった連絡をもらうことはあります。でも、そうした連絡が事前にもらえれば、撮影当日までに解決すればいいと思うので、実際に撮影自体が止まるということはないんですね。
 

 
浅田さん: やはり、これまで日本の現場では、俳優がインティマシー・シーンにどう向き合うかについて、自ら選択するという機会そのものが、与えられてこなかったのだと思います。多くの俳優の方々と対話を重ねるなかで、彼らが選択肢を与えられ、自ら選ぶことで、その選択に強い責任感を持ってインティマシー・シーンに向き合えるようになるということを実感しています。

 
 
監督やプロデューサーなど制作側が持つ力は大きく、俳優との間に力関係が生まれやすいという現状があります。そのなかで、ICが現場に入ることは、俳優にとって自分の気持ちを確かめたり、問い直したりするきっかけになっており、専門的な立場で、「自分の気持ちを確かめるプロセスに寄り添ってくれる人」としてICが現場にいる重要性を痛感させられました。また、ICの介入によって同意を丁寧に確認していくことは、俳優にとっての安心を支えるだけでなく、制作側にとっても訴訟リスクの軽減や撮影の円滑な進行といった面で、作品全体を守ることにもつながると学びました。

 

🗣️安心・安全な現場作りのために、私たちにできることは?対話から生まれる連帯の輪

 
イベント後半では、参加者24名がグループに分かれ、

A. 予算をどう確保するか
B. 導入のためにどう交渉するか
C. 仲間を増やすために何ができるか

の3つのテーマのうちグループごとに割り振られた問いについてディスカッションを実施しました。
 

 
A.予算を確保するには?

予算を取るには、ICの導入がどのような物理的・実利的メリットを持つかを説明する必要がある。今日の話を通じて、ICは人権意識の話だけでなく、リスクヘッジや表現のクオリティ向上に役立つと感じた。作品のクオリティーを上げるため、みんなが納得するため、ひいては作品が出た後、炎上に繋がらないためというメリットを予算の決定者に説明することができると思う。
日本の映像業界では予算に制限があるから、制作の途中で新たにお金を確保するのが難しい。ICを入れるなら、企画の初期段階から見積もりに入れておくのがいちばん確実だと思う。監督・脚本・プロデューサーの3人1組で動いている段階から、「この作品にはICが必要」という前提で企画と見積もりをセットにして決裁を取る。同意は、当日に確認するものではなく、俳優の不安や気持ちに寄り添っていくなかで生まれるものだから、ICを入れることに対して制作側も誠実であるべき。日本の映像業界は「失敗のデータ」ばかりだけど、だからこそ私たちがちゃんと姿勢を示していくことが大事だと思っている。

B.導入のための交渉はどうする?

若手の立場では干されたらどうしよう、面倒な俳優、スタッフだと思われるのではないかという不安から「ICを入れてほしい」と言いづらい空気があるのではないか。だからこそ、業界全体で学ぶ機会を作るべき。決定権を持つプロデューサーや監督以外のメイク、衣装、技術といったスタッフたちがICの意義を理解していれば、導入への後押しにもなる。若手の立場で、決定権を持つ層にICの導入について交渉を進めていくためには、連帯をどう築いていけるかが鍵になると思う。

C.仲間を作るために何ができる?

今日のような場には気づきがあるし、案件ごとにICに関わる打ち合わせの機会を設けることで、決定権を持つ監督や媒体側などの上層だけでなく、現場で俳優に近い立場にいる助手などのスタッフも巻き込み、仲間を増やしていくことができると思う。また、このディスッションのチームの今年の目標として、インティマシー・シーンがある案件では、必ず1人1回手を挙げて、「このシーンの撮影を大事にしよう」とスタッフの前で発言すると決めた。誰かが声を上げることで現場が変わる可能性があると思っている。

 

映画監督・プロデューサー、そしてテレビドラマや広告の現場などで活躍されている皆さんにご参加いただいた今回。ディスカッションを通じて、非常に実践的なアイディアが生まれてきました。

イベント最後には、浅田さんからも皆さんの声を踏まえ、コメントを頂戴しました。

 

現場に関わるすべての人のための存在として

 
浅田さん:本日の話のなかで、私が一番使った言葉は「監督」「プロデューサー」「俳優」だと思いますが、ICとはスタッフのための存在でもあると感じています。
俳優の同意がないまま芝居が進んでしまっているのではないかと不安を覚えるシーンに、現場で立ち会ったことのあるスタッフの方も少なくないと思います。実際、ICとして活動するなかで、「あのとき止められなかった」という後悔や、「どうすればよかったのか」といったご相談を多く受けてきました。
 
映画や映像作品は、俳優だけでなく、スタッフを含めた全員でつくりあげていくものです。私は、ICは俳優だけのための存在ではなく、現場に関わるすべての人のためにあると考えています。実際に良い現場を経験された助監督やヘアメイクさんから、次の作品へのお声がけをいただくこともあり、ICが入った制作現場を経験した人が増えることによって、連帯が生まれていくのかもしれないと感じています。

 

『同意』があるから、できる表現がある。

ICの役割は、表現を制限することではありません。むしろ、関係者全員が安心できる土台を築くことで、これまで不安や曖昧さのなかで避けられていた表現にも、丁寧に向き合うことができるようになります。
「できないことを増やす」のではなく、「それぞれの作品への想いや、関係者一人ひとりの尊厳を尊重しながら、皆が納得できる形で表現を実現する」。それこそがICが現場にもたらす価値であり、創造制作の幅を広げていくことにもつながっていくのだと、本イベントを通じて感じました。
 
本イベントは、制作に関わるすべての人が安心・安全だと感じられる環境をどのように作っていくことができるか。そのためのヒントと視点にあふれていました。
まずは、話してみること。そこから少しずつ、安心して関われる現場が生まれていくはずです。今回交わされた対話から得た気づきが、次の現場を動かす確かな一歩となると信じています。
 
kokonomeでは今後も、Creative Studio kokoに集う皆さんの「知りたい」「考えてみたい」「話してみたい」テーマに向き合い、対話を通して学び合いながら、ともに歩んでいくための場をつくっていきます。

-kokonomeをフォロー♫-

「kokonome(ここのめ)」は、Creative Studio kokoが運営するメディアです。私たちが大切にしているのは「つくる」「届ける」ことに関わる一人ひとりが、自分の思考を深め、安心して議論ができる場をつくること。異なる考えや視点、感情を交わしながら、“いま、ここ”から 私たちがつくりたい未来への道すじを探っていきます。

テーマは「#私たちが“今”、話してみたいこと」。クリエイティブの現場で起きていること、企画や制作の背景、働く環境、そして社会との関わりのなかで模索する表現のあり方について、私たち自身の言葉で話し、考える機会をつくります。ゲストを招いたイベントや記事の発信を通じて、これからの表現や働き方を、私たち自身の視点で選び取るための一歩を届けていきます。

Instagramをフォローしてぜひ仲間になっていただけると嬉しいです!

イベントに関するメール配信をご希望の方はこちらから